徒然草

なにげない日常のこと。不倫からの結婚、そして離婚。もうすぐ20周年。

2007年01月

夫とは沢山話をしたけど、今は平行線のまま歩み寄れないでいる。 でも、「別れたくない」って言う夫を、簡単には置いて行けない。 まだ愛しているから? それとも情が残っているから? 一人になるのが怖いから? 係る手続きが面倒だから? 夫が「別れたくない」理由。 私が、夫を置いて行けない理由。 二人でいろいろと考えてみたら、 きっと、どれも正解のような気がした。 私と夫は、きっと似ているんだと思う。 ときどき、とんでもなく非情になれるくせに、 肝心なときに、優しさが出てしまう。 夫が、愛人と将来を約束していたのに、 私を切り捨ててしまえなかったのは、 彼なりの「優しさ」だろう。 ・・・それが結局どちらも傷つけることになるんだけど。 愛人と暮らしてみて、私とやり直そうと思えるようになったという夫。 そこまでして、ようやく何か違うと思ったらしい。 実際に行動してみないと、誰と一緒にいても同じだなんて 思わなかった・・・だって。 そうなんだ・・・ もう、いい大人なんだから、 行動してみないと、なんて言わないでほしい。 もっと想像力働かせてよ。

久々に、blogを開いてみた。 ここしばらく、私の体と頭の9割は、仕事に捧げている気がする。 仕事を始めて1年目の頃、同じように仕事に没頭したことを思い出す。 精神的に辛いときに、頭を悩ませる原因以外で、 打ち込める何かがあるって幸せかもしれない。 私の場合は、2回とも仕事っていうのが、ちょっと可笑しい。 夫との関係を、しみじみ振り返ってみても、 今は、そんなに苦しいわけじゃない。 恋をしたばかりの頃。 何も怖いものなんてなかった。 好きな人がいて、彼も私を好きでいてくれたら、 その先の将来なんて気にすることもなかった。 奥さんの存在さえ、自分の中で無視することができた。 遠く離れた不倫だった頃。 奥さんに私の存在を知られてから、 彼との将来を考え始めてしまった。 罪悪感は、きっと人並みにあったと思う。 でも、それだけ。 何の覚悟もできていなかった。 奥さんに離婚の意思がないのなら、 「公認の愛人」なわけがないのに。 今でも、その間奥さんがどんな想いをしたのか、私は分かっていない。 想像はできても、事実は分からない。 どんな想いで離婚の決意をしたのかも。 夫は、きっと想像さえしたことないんじゃなかろうか・・・。 だから、繰り返すことができるのかも。 私には、もうできない。 不倫から結婚することを、今でも否定はしないけれど、 やはり、よほどタフな人じゃないと、いつか折れてしまうと思う。 普通に「優しさ」を持っている人には、難しいはず。 どれだけ他者傷つけても、自分は傷つかないという自信があるなら 別かもしれないけど。 そういう相手を生涯のパートナーとして選ぶことに、 少しでも疑問を感じるようなら、止めた方が無難かな。 かつて何の疑問も持たずに、夫を選んで結婚したのが、今の私。 今までずっと、分厚いガラス越しにお互いを見ていたような気がする。

年明け早々、夫が出張に出ている間、私はあまり眠れなかった。 そういえば、去年の年末年始も出張と言って居なかったよな・・・ なんて思い出してしまうとさらに疲れる。 1月3日に帰ってくるというので、それまでにひとりで大掃除して (結局年内に終わらなくて2日までかかった!)おせちを作って、 お雑煮も用意して、帰りを待ってたんだっけ。 そういうのを思い出すと、なんだかむしょうに腹が立つ。 この手の怒りは根が深く、なかなか冷めないんだってことがわかった。 うぬぅー。 でも、もう少し時間が経てば、きっと平気になると思う。 過去にも辛いお正月ってあったけど、今は「思い出」になっているから。 そんなこともあったよねって笑って話せるはず。 夫は、昨日帰ってきたけど、時差ぼけ+風邪薬の影響で眠そう。 話は進まない・・・(というか、半分寝ている人に何言ってもムダ) 風邪が治るまでは優しくしてあげよう。 しんどいときに、しんどい話するほど鬼ではないよ。私は。 その代わり、風邪はうつさないでよね! 仕事に差し支えるから。

私にとって、本当に痛かったことは、結婚する前か、 付き合い始めた頃か、今となってはもう思い出せないけれど、 その頃からずっと夫が私に嘘を付いていたということ。 私は、愛人に会う直前、夫と別れる覚悟が固まった時点で、 それまで一度もかけたことのなかった夫の実家へ電話をかけた。 電話に出たのは、夫の実母。私にとっては義母に当たる人だった。 私は、正直に自分の素性を説明した。 半ば予想していたけれど、夫は私との結婚を報告していなかった。 義母は、特に怒るでもなく、早く紹介して欲しかったんだけど・・・ 女性と一緒に暮らしているような話は聞いたことがあって・・・ 確かご兄弟の多い方って聞いたけど。 その方なの?と聞かれた。 そう。それは私のことだろう。 でも、結婚しているなんて知らなかったわ~。 と、あっけらかんと言われた。 夫から聞いていた義母の印象とは明らかに違う。 そもそも、どうして私が夫の実家に電話することになったかといえば、 夫の父親が倒れて、明日手術することになって入院したから 実家に帰るという夫からの怪しげなメールが届いたからだった。 メールを送ってきたものの、どこの病院に入院したのかと質問メールを 送っても返事はなかった。電話をしても出ない。 私の兄と弟は医療関係の仕事をしている。 だから、明日手術とかそんな急を要する病気なら、 何か役に立てるかもしれない。 ほぼ手術の件は嘘だと感じていたが、万に一つ、事実であったらと 思って、電話をしたのだった。 一通り、自己紹介が終わった後、 「お父様入院されていると伺いましたが、ご容態はいかがですか?」 と聞いてみた。 そうすると、義母は「お父様って、どなたの?」と逆に聞いてくる。 もちろん、夫の父親のつもりで聞いたのだけど・・・ 「夫は随分前に亡くなってますのよ。去年13回忌の法事をしたから、  奈緒さんにも来ていただきたかったわ」 なんて言う。 ぎゃーーーー。 そこからは、義母と電話越しに大いに盛り上がった。 そこで、私が一番恐れていることをそれとなく聞いてみた。 夫は、この夏から実家に毎月10万ほど仕送りをすると言っていた。 父親が高齢で仕事を減らしているから、毎月の資金繰りに 困っているというのが、その理由だったが・・・ 義母曰く 「うちの会社?それは夫が亡くなったときに処分したの」 「仕送り?もらえるものならもらいたいわね~(笑)」 それは、私が半ば予想していた答えだったのに・・・ やはりショックを受けてしまった。 その10万はどこに消えているのか・・・ 私には、そのお金の行方はすぐに分かった。 愛人宅は彼女の給与水準からすれば、明らかにオーバースペック。 彼女のせいじゃない。 きっと、それは夫が言い出したことだろう。 私には分かっていたけれど、やはりムカついた。 一昨年の秋には、前妻さんと約束した慰謝料・養育費分を 全額支払うだけの預金ができて、私の収入がなくなっても 十分やっていける状態になっていたのに・・・。 毎月の10万円は、その預金から引き出されていた。 前妻さんとの約束を最後まできちんと果たすということ。 私と夫にとって、そのことは大きな共通の目標だった。 その預金は、ふたりにとって大切な大切なお金だったはずだ。 実家への仕送りなら、私は納得できた。 足りない分は、また働いて稼げばいいと思ったし、 実際にそうしてきた。 なのに。 致命傷は、きっとこのときの義母との電話。 このときに受けた精神的ショックは、じわじわと 私にダメージを与えたようだ。 そもそも、私の裏切り以前に、夫は嘘を付いていた。 それも、いつかかなり高い確率でばれるであろう嘘。 帰ってきた夫に、どうしてこんなを嘘ついたのか聞いてみたけれど、 納得のいく答えは返ってこなかった。 夫も、思い出せないのかもしれない。

夫の実家に息子が遊びに来ているので、夫も帰省した。 私は、買い物にでも行こうかと思ったけど、 思い直して家でのんびり過ごすことにした。 バスルームを掃除したら、すぐに入りたくなった。 お昼から、ゆっくりお風呂タイム。 音楽をかけて・・・ お風呂につかって、昨年のことあれこれ振り返ってみた。 ひとことでいえば、最悪な1年だったけど、 沢山の出会いもあって、それはとてもよかったな。 一昨年の暮れ、「がん」と分かった友達がいる。 発病と同時に、長年一緒に暮らした彼氏とも別れたそうだ。 何かしてあげたいと思ったけれど、結局何もできなかった。 遠くから見守ることしかできなかった。 その友達からの年賀状は、旅先で写したという写真入り。 旅に出られるほど回復して、来春から職場復帰もできるそう。 彼女の職場復帰を祝って、美味しいものを食べに行こう。 私の近況報告もしないと。 彼女が入院している間に、私が退職してしまったので、 彼女にも心配をかけてしまったと思う。 私は、もう大丈夫。 気力も体力も戻ってきた。 私が離れて行くと知って、夫の態度は変わった。 でも、もう響かない。。。 心が凍結したようで、ちっともうれしくない。 何の感動もない。 一緒に旅行して、昔を思い出そうとしたけれど、 楽しもうとしたけれど・・・ 私はちゃんと笑顔でいられただろうか。 夫が「やり直そう」と努力しても、今の私では、きっと続かない。 夫があきらめるのを待つだけ。 そんなのって不毛だ。とても。 限られた人生、ムダにしていい時間なんてない。 夫と夫婦でいることに、それだけの価値があるのかな。 ぼんやりと、次の行動が見えてきた。

↑このページのトップヘ